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風邪でもうつされたらどうしてくれるの?【咳き込む子供をほったらかしの親】

勘弁してください、

の一言に尽きる場面に出くわしました。

 

子供とバスに同乗するために付き添っている親が、

乗車そうそう、

「座って!!座って!!」

と、子供に対して凄まじい鋭さの語気で命令を発していました。

 

乗車してくる姿を見ていなかった乗客などは、

怒鳴り声にしか聞こえないそのあまりの下品な物言いに

心臓に響くほどびっくりしたかと思われます。

 

決して良い言葉とはいえませんが

子供に「指図する」などという、

生易しい口調でなどまったくなくて、

突き刺すような、しかも雑で乱暴に吐き捨てるように「命令していた」わけです。

 

本人にとってはそれが普通の物言いなのかもしれませんが、

少なくともわたしには

「子供を自分の命令に力ずくで従わせる」ようにしか聞こえませんでした。

 

言い方にしてももっと他にあるだろう、

という常識など1ミリも通用しなさそうな親だろうことが、

その後の態度にこれ以上なくはっきりと現れていました。

 

 

最前列の席で激しく咳き込む我が子を放置の母親

それは、時季的にも風邪かと思われる、

連続してかなり鋭い咳をする子供に対して、

一切の注意も気遣いも行わず平然として席に座っていたことでした。

 

もしくは、携帯をいじるのに忙しく、耳にも入っていなかったのでしょうか。 

(どうでもいいですがスマホではありませんでした。)

 

一度咳き込むと、4~5度は連続してから一旦止み、

止んだと思ったら数10秒後にはすぐにまた連続して咳き込む。

 

バスに乗車中、その子供はずっとそれを続けていました。

 

とりあえず申し訳程度の握りこぶしを、本人としては抑えているつもりなのか、

口から10センチほど離れた位置から当てているようにも見えましたが、

なんの効果もないのは言うまでもないでしょう。

 

彼が咳き込む時の、無意識のポーズなのかもしれません。

とりあえず、「咳とはセット」といったような。 

 

彼が何度も何度も連続して咳き込んだ飛沫が

周りにどれだけ散っているのか、

その母親はまるで無関心そのもので、

そのくせ子供が話しかける雑談にはがさつな口調で答えているのには

開いた口がふさがりません状態でしたね。

 

ちなみに彼らの座席付近に座っていた他の乗客は、

他の空いている座席に移ればいいものの、

おとなしく黙ってこれ以上無い迷惑と被害を被っていただけでした。

 

子供が周りに迷惑をかけても注意もできない、

体調が悪いから咳き込んでいるだろうに気遣いもしないこの母親は、

自分もそういう育てられ方をしたのに間違いないでしょうね。

 

そういう親が我が子を、

周りを「悪い意味でのみ」気にしない人間に育てているんでしょう。

 

 

わたしが子供を持たない選択をしてよかったとつくづく思うのは、

まさにこういう場面でです。

 

子供を持ったら強制的どころか自動的に、

このテの非常識な親とのかかわり合いに巻き込まれないとも限らないわけですからね。

「自分の子どもを“持ってみたい”」という24歳男性

以前、こんな記事を書きました。

 

rioplus.hatenablog.com

 

今回は男性にでしたけれども、

性別の違いはあれど、似たような疑問にお答えいただけました。

 

 

自分の子供を「持ってみたい」から結婚すると思います。とのたまう24歳

ところでわたし個人的には、子供を持たないと明確に決めています。

 

理由は、

現在子育てをしている親を「やっている人」の大多数と関わり合いになりたくない、

その一心からです。

それ以上、それ以下でもありません。

  

今回話を聞いた24歳男性の若者は、

「30歳までには結婚すると思います」

と、見込みはもちろん実在の相手が存在しない状態でそう言っていました。

 

5~6年なんて、なにも考えないで日々過ごしていたら、

あっという間に過ぎてしまいますけれども、

その意見を述べた本人にその意識はほぼないように見受けられました。

 

その「あっという間」のうちに、

結婚して子供を産んでもらう相手をきちんと見極める必要性を、

この若者は理解していたのでしょうか。

まったくの他人事ながら、一瞬密かに不安になりました。

 

この若者も、

「ある年代になれば自動的に立場や環境が移行したり変化する」

と例外なく信じて疑っていない部類になるのでしょう。

 

【参考】

rioplus.hatenablog.com

 

言葉としてそこまでご自身が把握できているのかすら、

話を聞く限りでは不明でしたが、

他にも同じような話を、同じような年代の女性からも聞きました。

 

25歳の彼女曰く、

「ハタチくらいには子ども生みたいと思ってましたよ、普通に。

今付き合ってる相手は自分の会社を立ち上げる予定の30歳まで結婚できない

って言うから、見合わせてますけど」

だそうですが、

自分で書いていてもこの発言の意味がわかりません。

 

 また、「薬指を光らせたい」のだそうで。

 

カタチに憧れている、なんともわかり易い例だと思いました。

 

生む意思や願望など持っている側が、基本そんな考えで子どもを持たれたら、

生まれてきた立場が迷惑すると思うのですね。

 

年代的に仕方ない、で済む話なのかなと。

個人的には、話を聞いたこの2人が「考えなし」の部類に入るとしか

思えませんでしたけれども。

 

 

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「小児科に連れられてきた幼児」にしか見えない受験生

「お母さんと仲良し」なのは決して悪いことではないと思うのですが、

受験生になっても当たり前のように親の付き添いがあるのは、

わたしにとっては異常な光景にしか見えません。

 

子供がひとりで行動できない人間になるよう、親自らが施している

という残念な人たちは、外を歩いているだけで簡単に出くわすことができますね。

 

受験に親付き添いって、デフォルトなのか。

先日、ホテルでこんな光景を目にしていました。

もうひと月ほど経過しているのですが、

時期的に推薦の受験シーズンだったのでしょう。

ロビーでコーヒーを飲んでいたら、

やたらと親子連れが目立ったわけです。

 

それでようやく気付いたのが、

「受験」の時期。

 

わたしは異常なまでのアンチ学校人間のため、

学費を肩代わりしてくれた親には申し訳ないと多少思いますが、

せめて高校生くらいから人生やり直したいと心底からたまに感じます。

 

大学受験なんてもってのほか。

お金と自分の大事な時間の浪費以外の何物でもないと思います。

 

話が逸れました。

 

そこで見たのは、親子連れではほぼ例外なく、

「ママ主導」ですべてが動く光景。

 

それは女の子でも男の子でも関係がありませんでした。

チェックインの時など、「ママ」がテキパキと、

はしゃいでいるようにも見える妙なハリキリかたで、

自分が受験しに行くのかとでも思うような活力に満ちていたのですね。

 

で、

肝心の受験生である娘・息子は何をしているのかと言うと、

ママの背後に隠れているか、ロビーのソファに荷物と共に腰かけて、

まるで覇気のない、生気も感じないうつろな目で、

ぼーっとしているのです。

 

気色の悪い、見事なコントラストでした。

 

それはまるで、風邪をこじらせて高熱でも出して、

腰かけているほか行動できない小児科の患者の幼児そのものでしたね。

 

 

一緒にいた連れに上の話を感じた通りにしてみたところ、

今どきの受験生の大半とはそんなものだそうで。

 

わたしもひと括りに、「受験生」と書きましたが、

なに受験に臨む学生なのか判別ができませんでしたね。

中学生にしか見えないその人たちの姿を見て、

あまりの幼さにそれが大学受験に臨む高校生とはとても見えませんでした。

  

そういえば、大学の教員を商売にしている知人も、

こんなことを言っていました。 

大学の教員をしている人に直接聞いた話では、

大学生になっても「保護者会」なるものがあるとのことです。

 

しかもそれに出席するのは、

学生の親だけではなくその親まで同席するのも珍しくないとかで

驚くよりも、わたしは背筋が凍りそうになりました。

 

そんな話を聞かせてくれた本人も、

「今の大学生は親が付き添わないとなにもできないのかなぁ

と語尾が疑問形でしたが、

「なにもできないんだよ」

とおそらく断定で発言したかったことでしょう。

 

【参考記事】親離れ子離れできない人たちの姿を見て思うこと - ふたつ洗脳を解除したら、自由になりました。

 

 

子供の受験となると、それに自分の夢を押しつける形で子供の意思を奪う親。

先日見た親子連れの大半が、そんなように見えたのはわたしの根性が悪いせい

でしょうかね。

 

やりたくないのなら、そう自己主張する思考も奪われている若い人を見ると、

気の毒に思えてなりませんね。

 

日本の国では、学ぶ意志も能力もないのに、ただ皆が行くからとか、学歴

という箔をつけるためにほとんどの人が大学に行きます。そしてそのほと

んどの学生がろくに勉強もせず、遊び呆けており、あるいはバイトに明け

暮れていることから、専門知識や技能など身につくはずもなく、自分の専

門分野に就職しても、そうした専門的知識や技術は前から職場にいる専門

学校出や高校出身の人のほうがずっと上なので、その人たちに教わらなけ

ればならないという不様(ぶざま)です。

小さな宇宙人 改訂版

古い記述に思える箇所がありますが、

太字の箇所は今でも十分通用してしまうのではないのでしょうかね。

それを主導しているのは、他ならぬ親という悲劇。 

学校洗脳が解けていない人は、人の親にならない方が良いと思うのです。

 

なお、親子連れが当たり前のように多数を占める中、

制服を着て一人でホテルの受付に見えていた学生さんもいました。

それが正常な親の教育だと思えてならないのですがね。

 

自分一人で動いていた学生さんは少なくとも、

親に連れられている人と比べて「やらされ感」を感じませんでした。

むしろ、イキイキしているように見えましたね。

一人で動くことに慣れているのか、初めてで楽しみでもあるのか、

どちらにしても「幼児」の姿などではありませんでした。

 

今の教育制度ではどちらのタイプを「採用」するのか知りませんが、

わたしなら考えるまでもなく、後者の学生さんを合格させると思います。

 

小さな宇宙人 改訂版

油断するにも程があると思うのですが。

失礼な話を承知で書きます。

 

信じたくないのですが、

生物学上、女であるはずの人が公衆の面前で

毛ずねを露出していたり、

ストッキングが伝染している状態に気づかない

というのは、

油断を遥かに通り越して神経が通っていないと言っていいんじゃないの?

と唖然とした事件に出くわしました。

 

 

毛ずねを露出していた、おそらく「女性」は、

屋内のベンチに座って片足を組んだ状態で、

本人だけには格好がついていると壮大な勘違いをしていたのでしょうが、

その姿でスマホを凝視していました。

 

それはそれは体格の良い人で、

首とアゴの境目がよくよく観察しないとどこで線引きするのかに

かなり頭を悩めるような、

はた目にはかなり観察眼力を要求されるような、

とても太っていた女性でした。

 

取り立てて足が「長くない」という訳ではないのでしょうが、

太っている人はどうしてもその分見た目に残酷なハンデを背負うわけですね。

 

タコ糸でムリヤリ縛った加工肉のようなおみ足を、

相当無理をして組んでいたのをおくびにも出さないような姿勢を保っておられました。

 

が。

その足にわたしが通りすがりにもかかわらず、

二度見ならず三度見までも行ったうえ、

視線が強制的に固定されてしまったのは、

そのスネにありました。

 

少々毛深い男性の足と見間違うほどのスネ毛が、

手つかずの自然状態で生えていたわけです。

 

スレンダーな人が足を組んで腰かけているのとは、

そもそも訳が違うのです。

 

油断するにも程があるというよりも、

見苦しいにも程がある

と言った方が実際に近いものを目撃してしまいました。

 

ああいう人の神経って、一体どうなっているのでしょうか。

 

まるで理解できないものを見て、

その日は寝るまで不快な気分が解消されませんでした。

 

 

また、ストッキングの伝線放置の、

これまた「女性と思われる」人の件です。

 

別に太っている人を槍玉に挙げたいわけではないのですが、

その人も立派な体形をなさっていらっしゃいました。

 

放置と決めつけてはいけないとは思うのですが、

場所が場所だけに、気づかない方がどうかしているとしか思えないわけですね。

 

だって、

スネ部分に軽く15センチは伝線が走っていたのですから。

 

この部分で気づかないって

よほど酔っぱらっているか、

おかしな薬でも飲んで中毒に陥っているかしかしないと、

ムリな話ではないかと思うわけです。

 

でもその日は(細かいですが)17時過ぎの、

夕方になったばかりの時間帯でした。

 

時間無関係に酔っぱらっている人というのは

世の中に別に珍しい存在なわけではありませんけれども、

お顔を見た限りではシラフに見えたわけです。

 

間違いなく60デニールはあるかと思われる厚さで、

かついかにも「肌色」な代物でしたので、

伝線の走りが浮き彫り状態になっていたのですね。

 

歩き回っていた状態のその「女性」を見かけたわけではなく、

腰かけていた状態で拝見したわけなのです。

 

しかもスネ部分という、足の前面に当たる箇所で、

そのアクシデントに気づけないというのは、

無神経のレベルが違うのかと

唖然としてしまったわけです。

 

本人に気づかれたとしてもお構いなしに、

見たいわけでもなかったのに凝視してしまいました。

 

 

 こんな商品などドラッグストアにくらい標準販売されているのですけれども。

 

  

一応、だとしても、女でしょう。

 

見苦しいのは、せめて自己管理ができていない体形だけにして頂きたいと、

個人的に切に願うものです。