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言われるうちが花、を知らない人

耳の痛いことを言われなくなったら終わりですよ

会社制度で働いていると、

自分が恥をかいていていてもそうと指摘したり、叱ってくれたりする人には、

ほぼお目にかかることはできません。

 

わたしが約10年間の薬害の洗脳から脱出して、

社会復帰して勤めた会社には、そんな絶滅危惧種な人がいてくれました。

 

医療の洗脳の餌食になっていわゆる「使えない」人間にできあがっていた

過去の自分に、徹底的に基礎を叩き込んでくれた人だったと、

今でも折に触れて感謝することがあります。

 

その当時の自分も、周りから遅れを取っていると信じて疑わなかったので、

強烈な劣等感を自分以外の誰彼かまわず持っていた反動なのか

絶対にその遅れを取り返してやると執念を燃やしていたのは事実です。

 

気づいた時には遅れを取っているどころではなく、

自分の方が周りに呆れる側に、いつの間にか回っていたのですが。

実際そうだとしても、その状態に引き上げてくれる手助けをしてくれたのは、

基礎を叩き込んでくれたその人には変わりがないわけです。

 

自分でやったことと言えば、

  • その人の仕事ぶりを最大限マネして着いていくこと
  • いくら叱られようと(実際は怒鳴られたことも数知れずです)腐らないこと

くらいだったと思います。

 

当時としてはもともとの苦痛を大きくする歪んだ考え方だった、

周りに遅れを取っている自覚(実際には錯覚だったようです)が

卑屈なまでにあったのが、

今考えてみると幸いしたのだと思います。

 

というのも、何度となく叱り飛ばされるうちに、

「できなくて当たり前なのだから、なんでも吸収する」

と思えたからでしょうね。

 

遅れを取っている焦りの自覚があったおかげで、

その吸収力を自然に大きくできたのだと思います。

 

だからと言って、まったくへこまなかったわけではありませんがね。

 

それはそれはキツイ叱り方をする人で、

しかも言葉遣いは決してキレイとは言えない人から怒鳴られるのは、

結構こたえるものがありますよ。

 

ご本人にもその自覚があったのか、ある時

「打たれ強いよね」

とつくづく感心されたこともありましたっけ。

 


それにしても男前な女性、

というのがこれ以上なく似合うその人によく言われていたのが、

「(耳の痛いことを)言われるうちが花。

言われなくなったら終わりだよ」

確かにその通りです。

 

またその人は、こんなことも言っていましたね。

「同じことを何回も注意されるのはイヤだろうけど、する方だってイヤなんだよ」

それは単にめんどくさいというのも少なからずあったとは思いますが、

誰も好きこのんで憎まれ役なんてやりたくありませんし、

怒るエネルギーって消費しますから単純に疲れますしね。

 

世の中には単なる憂さ晴らしで他人を標的にする人は多くいるでしょうが、

相手を思って注意をすることができる人は、

ほぼお目にかかれないと思っていいと思います。

そういう人に恵まれたことも、自分は運がいい人間だなと思いますね。

 

 耳の痛いことを言ってもらえるのは「価値あり」と判断された場合だけ

わたしにはいわば恩人と言ってもよいその人のように、

「言われるうちが花」を当たり前に教えられる人が今、

どれだけいることでしょうね。

 

また、教えてもらえる側に回れる人間もどれだけいることか。

 

それは社会復帰初の会社を卒業してから、

周りの人間を見ていてたびたび考えたことではありましたね。

 

前の会社では、

叱られたことがないとしか思えない人と一緒に働いていたことがあり、

その人の年齢不相応な、あまりに幼稚な行動に呆れたことが

たびたびありました。

 

年齢でくくれないとは承知のうえですが、

わたしよりひと回り以上年長だというのに、

申し訳ないですが本当に幼稚な人でしたね。

 

叱られたことがないと思われる理由として、

 

  • 注意されるとふてくされる
  • ミスを指摘されるとまず言い訳する
  • 教えてくれる人の話を聞き流している(返事のしかたで見事にバレますからね)
  • 教えられる姿勢ができていない

 

などでしょうか。

 

ミスをするのは仕方ないとしても、

その原因を振り返る習慣が身についていないのと、

教えてもらう時点で適当に聞いているから

わからないことが把握できない状態を、

延々と繰り返していましたしね。

 

そこで面倒見の良い誰かが教えようとすると、

「できますから大丈夫です!」

のぴしゃっとした返事なので、

言いたいことだらけなのが全面に表れている周りも

「その言葉を信じるしかないでしょ」

と言い出す始末でしたし。

 

要するに、

周りがそこまで面倒を見る価値なし

と判断したからだろうなとは思っていましたが。

(言葉が悪いのは承知のうえで書きました。)


依怙地な性格なのか、

指図を根本的に嫌うタイプなのか、

口出しされるのが絶対的に許せないタイプなのか、

いわゆる社会人としての基礎ができていないと言えるのでしょうね。

 

別に、頭を抑え付けられるのがキライで抵抗することが悪い

と言っているのではありませんよ。

 

できていれば何の文句も口出しもされないというのに、

(できていても個人的な気分や感情でいちゃもんつけられることはあるにしてもです)

できないことを把握していないし認めようともしないしできないとなると、

周りにその人を思って助言してくれる他人なんているわけがありませんよね。

 

余計な口出ししてもムダなことはわかりきっていたのですが、

「注意してもらえるうちが花ですよ」

と言おうかなと思ったことが何度かありましたけれどもね。

 

でもおそらく、

その言葉を聞いたことはあっても意味はわからないだろうなぁ~

と思い直したことはありました。


その人を見て学習できたことは、

「年を重ねても考え方の柔軟さはなくしてはいけない」

ということでした。

大事なことですのでね、今では感謝しています。

 

知らず知らず、頑固になりますからね。

日々注意したいところです。

 

※引用元:ジョン・テイラー・ガット バカをつくる学校