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親離れ子離れできない人たちの姿を見て思うこと

「ママと一緒」が一生続く基礎づくりの現場を見た瞬間

先日、スーパーで買い物の会計待ちをしていた時のことです。

 

体格から察して、間違いなく中学生であろう男の生徒さんが、

状況的に母親だろうと思われる女性の二人連れに凍りつきました。

 

女性の肩に男の生徒さんが肘を載せて、

首筋(もしくはもっと下の部分)に顔を密着させていたのです。

 

女性にしなだれかかって、顔を寄せて、

(本人たちだけからしたら)仲良くおしゃべりしながら、

レジの列に並んでいたのでしょう。

 

カップルでさえそんなマネをレジ待ち中にしているのを見せられたら、

素直に「仲がいいんだな~」

と好意的な目で見難いというのに、

どうみても親子で、子供の方も一桁半ば以下の幼児ではないのです。

 

そんな接触のされ方を母親は注意どころかそらす素振りも見せず、

自分も息子の顔に顔を近づけて、しゃべっていたわけです。

この人たちにとってはごく自然で当たり前、といった行動なのでしょう。

 

気色が悪いことこの上ないなと思うのですが、

めったに思わなくもなくなってきた自分がイヤになります。

 

それだけ、

「ママといつでも一緒❤」

と言わんばかりの、

親離れでき(そうに)ない予備軍が量産されている

ということなのでしょうね。

 

それにしてもこの親子は非常識だと思いましたね。

内と外の区別も親子そろってつかない、

幼稚な親子だなと、まず思いました。

 

家の中でもやっているだろうことをそのまま外へ持ち出す神経と、

家でならもっとヒドイのではないだろうかと想像もしたくない想像とで、

運悪く目にしてしまった方は具合が悪くなりそうでした。


その日は夏休み中の昼間で、

他に親子連れや仲の良さそうなご夫婦連れや学生のカップルであろう人たちも

いつもより多く見かけました。

 

それでも、この二人連れのような(敢えて書きます)ザマを

他人の目にさらして恥ずかしげのカケラもない顔をしていた人たちなんて、

他にいませんでしたからね。

瞬時に総毛立つほど、際立って気色悪かったですね。

 

男性のマザコンは基本とは言ってもです。

誤解を承知で書きますが、

男性は程度の差こそあれ、誰でも基本はマザコンだということくらい

ある意味常識だと思います。

 

そんなことはない!という人こそ、

信頼できる他人にぜひ聞いてみてください。


問題じゃないのかと思うのはその程度で、

反抗期真っ盛りの年代にどう見ても見える年齢になっても

「ママにべったり」

って、どう思いますか?

 

今どきそれが普通?

子供のため、母親のため?


自分の子供をそういう状態に「留めておく」のを教育方針としている親なら、

今までのところは間違いなく成功したと言えるのでしょう。

 

ザコンを云々するなどという話ではなく、

子供をそんな風に育てた母親に問題ってありませんかと思うのです。

子供を自立させないでいつまでも親の元にいさせるつもりなのでしょうかね。

 

大きなお世話ですが、

先ほどの男の生徒さん、母親以外の相手に興味を持てるようになるのでしょうかね。

また、この母親は息子が友達であっても異性なんぞ自宅に連れてきた日には、

どんな風になるのでしょうね。

 

わたしが感じたのは、運良く母親から他人に興味を移せたとしても、

自分と同年代の相手には興味持てないだろうなということです。

別にそれは悪いことでもなんでもありませんが、

友達の母親とかに関心を向けたりする可能性もあるだろうなと

いつもの妄想グセが始まってしまいました。


ところでわたしには占い師のパートナーがいます。

彼に聞いた話では、

「息子の彼女に嫉妬する母親なんて、普通にいますよ」

とのことですし。

ひと言で言うと「認めない」ということのようです。

存在を無視するような消極的な意味ではなく、

意図的に認めない、ということのようですね。

 

具体的には

  • その彼女のあらを探す、ケチをつける
  • その割に服装や見た目をマネたり張り合おうとする
  • 息子に対し、「自分の方が彼女より理解してるのよ」と誇示したりする

などだそうで、

もっと極端な例もあるらしいですが、ここでは書けません。


余計な話ついでのことですが、

わたしの過去の知人に、

本人たちはまるで無自覚ですが、異常そのものの親子がいました。

 

母親がその家庭のピラミッドの頂点に君臨していて、

その子供3人はすべて「ママ命❤」ばりの母親崇拝。

兄弟は年功序列で扱いに多少の差はあるけれども、

最下層の父親よりは上に位置。

長男の方が父親より「特別扱い」を受けていて、

最悪なのは本人にもその意識がしっかりとあることが

言動のはしばしに表れていたことで、見てとれました。

 

細かい話になりますが、

他人に対しては偉そうに呼び捨てをするにもかかわらず、

自分の妹には、社会人になっているのに「ちゃん」付けのまま。

弟にいたっては「君」付け。

兄弟間でも「幼児同士」の関係性のままなのでしょうか。

気色が悪くてどうしようもなかったですね。

 

その母親が言うに、

「子供たちは自分の趣味を満足させてくれるための会社で仕事しているの」

「うちの子はみんな反抗期がなかったの」

とのことで、

この家も「子供を子供のままに留めておく」のに成功したわけですね。

 

子供は子供で、

「ママの喜ぶことをなによりも優先して、褒められるためならなんでもする」

と、本気で思っていたんじゃないだろうかと思います。


要はこの家の「ママ」が、

「私が一番偉いの。その自分にたて突

いたりしないように、きっちり仕込んだのよ」

ということでしょう。


その「教育」の成果の具体例をひとつ挙げますと、

徹底した間接監視と密告を他人に対して行うのが「当たり前」

という形で表れていましたね。

 

その場にいないにもかかわらず、密告側が

「ママにちゃんとわかるように再現して全部お話しするの」

という話の筒抜けかたでしたので。

 

しかも

「ちゃんと報告受けてるから知ってるのよ」

といったような「ご丁寧なお知らせ」までくれる異常さで、

その正確さは盗聴器でもしかけられていたのかなというレベルでしたね。


正確さはさておき、

幼稚園児が出かけて帰ってきて、

その日あったことを親にすべて話すのとまったく同じですね。

その習慣がずっと抜けないで社会人になっても残っていること自体、

個人的には信じられないのですがね。

年齢的な成長段階のどこかで、抜けるか捨てるかしないのかなと

普通であれば思ってしまうのですが。

 

本来たしなめる立場にいるはずのその家の父親は、

ピラミッドの最下層に甘んじる「教育」を連れ合いに仕込まれていたようですので、

連れ合いのすることを、(表面上では)ニコニコして見ていましたね。

 

少々話が逸れましたが、

親も子供も、そろって手の施しようがないとしか言いようがない実例がいました。

異常なマザコンの例というのは、

こういうレベルのことを指すのではないでしょうかね。

 

大学生になっても「保護者会」ですか。

また、過保護と言えばなんでも許されてしまうような、

子離れできなさ過ぎな親が世の中には多い気がしますね。

 

大学の教員をしている人に直接聞いた話では、

大学生になっても「保護者会」なるものがあるとのことです。

 

しかもそれに出席するのは、

学生の親だけではなくその親まで同席するのも珍しくないとかで

驚くよりも、わたしは背筋が凍りそうになりました。

 

そんな話を聞かせてくれた本人も、

「今の大学生は親が付き添わないとなにもできないのかなぁ

と語尾が疑問形でしたが、

「なにもできないんだよ」

とおそらく断定で発言したかったことでしょう。

 

「なにもできない」、

おそらくその言葉どおりなのでしょう。

先ほどの親子の例でもカンタンに想像つくくらい、

「子供を幼稚なままでいさせておく親」に育てられたら、

いくつになろうが自分ひとりで考えたり行動したりなど

できるようになるわけがないですからね。


でもその原因は、

教員やっている人がその片棒かついでいることにもあるんじゃないのかと

わたしなんぞは思ってしまうクチですが。

 

身に覚えはございませんでしょうかねと、

言ってもいいなら口に出してしまったかもしれませんねぇ。