「親になる準備をした」人が親になって欲しいと思うのですが。

わたしには兄弟が3人もいます。

 

言っても仕方ないことだとわかっていますが、

いまだに自分の親の無計画な子作りには物が言えません。

 

母親の宗教が原因で父親とのケンカが絶えず、

2人そろって子供への両親の姿の影響を

まるで考えていなかったような親でしたし、

生活面での夫婦の仲は最悪だったように見えるのですが、

よく3人も子供を作れたなと自分の親ながら思うわけです。

 

ちなみにわたしはその末っ子ですが、

せめてもの救いは末っ子であったこと「のみ」ですね。

 

その理由は、

自分より先に生まれた人間の生き方を

肝心なところで反面教師とできる目を自然に養えたから

に尽きるからです。

 

わたしはこましゃくれた子供でしたがバカ正直なところが先立ち、

要領よく生きてきたとはとても言えない人間です。

 

でも結果的にそうなっていたのは、

反面教師に事欠かない環境にいたからといったほうが、

おそらく実際に近いと思いますね。

 

親になるなら周到な準備をしないと大変だと思いますが。

他人様の話を聞くと、

本人は言葉のうえでは無自覚でも

「結婚自体が目的」でそれを果たした人で、

ほぼ例外なく子供ができると

「生活が苦しい・キツイ」

と文句を言い出すのはよくあることですね。

 

別に珍しくもなんともない話ですが、

結婚したければそれに必要な準備が要るのが当たり前なのと同じく、

子供が欲しければそのために周到な準備をしなければ

恐ろしくなるのが普通だと思うのですが。

 

いつも思うのが、

どうして結果が出てから初めて文句を言うのかがわからない

ということです。

 

「子供は授かりもの」という言葉がありますね。

それを親になる側「だけ」が都合よく解釈して

子供を作るに無計画では、

生まれた方が迷惑すると思うんですよね。

 

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考えてみてください。

子供は別に「産んでくれ」と親に頼んで生まれてくるわけではないのです。

 

そんなことを親に頼んだ記憶があなたにはありますか?

少なくともわたしにはまったくありません。

 

100%、親の都合でしょう。

 

それをきちんと計画も立てずに

「産んだら何とかなるさ~」

とカンタンに考えすぎていて話にならない人は、

あなたの身の周りにもいるのではないでしょうか?

 

そういう立場と現実を選んだのは当の自分なのに、

その立場の自覚を持てない親を持つと、

迷惑するのはその子供だと思うわけです。


わたしの親(特に母親)はその典型だと思っていいと思うのですが、

なら子供の前でその不満や愚痴、

他人に対する経済的な嫉妬をぶちまけるなと

幼いながらに思っていました。

 

申し訳ないですがわたしは自分の親と同じように、

自分が子供の犠牲になって生きる気はさらさらありません。

 

犠牲になるような子作りや子供の育て方をした自分たちが悪いのです。

 

経済的に立ち行くか行かないかは、

子供を作ろうと考えた自分たちの年代で、

だいたいであっても計算ができると思うのですね。

 

身もふたもないですが現実ですので書きますと、

子供を産んで育てるのはタダではできません。

お金がかかります。


経済的に恵まれて育ったとは言い難い人間の意見からすると、

「お金がない」と親に聞かされながら育っていくのは

なんとも情けなく感じるものです。

 

両親のケンカのほぼすべての原因は宗教と経済的な理由。

申し訳ないですが、自業自得です。

否も応もなく聞かされる側のことを考えられないほど

見境なく罵り合う両親の姿は、尊敬しろと言われても無理があると思います。

 

みじめさを親自ら植え付けてくるのですから、

その影響を自分から追い出すにはかなりの意思の力が要りましたね。

親が悪口を言い合えばそのまま子どもにインプットされる。

親が暴力をふるえば子供も暴力をふるう。

三つ子の魂百まで。

美輪明宏

 

せめて自分だけは決してやらないと思ったのは、

他人様の台所事情を引き合いに出してくることですね。

 

これは自分がみじめになるための、

最も効果的な方法になると思うのですが、どう思われますか?

 

なんにでも見方によって、

自分の糧になるものだとその一点では感謝してもいいかなと思いますが。

 

 

「自分が育ったように自分の子を育てる」

というのは伊達ではないと思います。

 

「育ったようにしか育てられない」とまでは言いませんけれどもね。

 

あなたご自身の親御さんが掛け値なしに尊敬できる対象であれば、

それは何よりなことです。

 

でもわたしの親のように、

「見方を変えれば」

という意識的な努力が要る場合、

親と同じ人生を再生産したいかどうかを

しっかり自分自身に確認した方がいいかもしれませんね。