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自分の子を叱れる親、求む。

たとえばです。

 

買い物をしている時に、

ご自分のでも知り合いのでもいいですが

お子さんが店内の通路で立ち尽くしてゲームにのめり込んでいたら、

あなたはどうされますか?

 

いろんな事で低年齢化が進んでいる世の中ですが、

おそらく小学校高学年といわれる年代のそんな年の頃ですでに

パチスロ中毒者の目つきと

なんら変わらない目をした人間に仕上がっているお子さんには、

わたしはいまだに慣れることができないでいます。

 

仁王立ちでゲームする子供を「温かい目」で「見守る」親

先日、買い物中にまさに出くわしました。

 

自分が他人の邪魔をしている意識はまったくなく、

なにをプレイしているのか知りませんが

両側に商品が並んでいる通路の真ん中に仁王立ちになって、

ひたすら操作に夢中になっている子を見かけました。

 

その近くに、カートを押して買い物をしていた女性がいましたが、

状況的にそのお子さんの親と判断して間違いないようでした。

 

その母親と思われる人間は、

わたしには信じられないのですが

その自分の子の姿を、ほほえみまでたたえて見ていたのには

恐れ入ってしまいました。


どこにでもいてもらっては個人的に気色が悪くて困るのですが、

これ

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が、

こう

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なるのは、

よほど親子が互いに意識しないと不可避なのではないでしょうか。

 

以前出くわした、

「ママと一緒」が一生続く基礎作りの現場を見た瞬間を、

まさに再現したかのような光景でした。

【参考】親離れ子離れできない人たちの姿を見て思うこと


注意も何もしないで、

放置を超越して「温かく見守っていた」わけです。

 

見方によっては立派な放置になると思うのですが、

親子そろってみっともないとか恥ずかしいなどと、

そんな意識がまったくないのでしょうね。

 

こんな親に育てられていたら、

よそに行って他人の言うことに従う必要のある場面で

それを聞き入れられなかったりする人間が出来上がるのだろうな

とも思いましたね。

 

無条件に従順になるのとは話が決定的に違います。

大げさに言うと、

世の中に迷惑をかける人間になる恐れがあるということですね。

 

仕事をする年代になって何かミスした場合など

どうして自分が注意されなくてはならないのかと、

本気で思っている社会人とかいますからね。

 

そういう人間は一朝一夕に出来上がるわけではなく、

子供を叱ることができないのではなく、

単純に叱ることを「知らない」親の手によるのが大きいのでしょうね。

 

「みっともない」を学んでください

別に先のお子さんは他人に対して、

「実害」という迷惑をかけているわけではなかったのは確かです。

 

なら赤の他人が目くじら立てる必要や価値があるのかといえば、

それもないと言えばないですね。

 

血圧を上げるだけ、明らかに損なのは頭ではわかっているのです。

わたしがこういう実例を目にしていつも思うのが、

「内と外の区別がつかない」というのはいかがなものか

ということです。

 

本人(たち)が良ければそれでかまわないのでしょうが、

普通に恥ずかしい姿なのですよね。

 

恥ずかしいだけではないのです、

みっともないのです。

 

「みっともない」の語源を調べればわかるとおり、

「他人が見たくもない」を派生した言葉ですね。

 

人が見たくもない姿を外でさらすこと自体、

立派に他人に迷惑をかけているとわたしは思うわけです。

 

とある独裁者が、

「子供が子供を産む時代が来るだろう」

と予言したことはご存じのかたも多いと思いますが、

本当にそのとおりの世の中を見ることができますね。


親がきちんと叱ることをしなかったら、

やって良いこと悪いことの区別をどこで学ぶというのでしょうね。

 

学校にそれを求めているようでは、

親をやる資格がないと思ってしまいますけれども。

 

そんな無責任な人には、

親になんてなって欲しくないと切に願うものですね。

 

それを考えたら、先の仁王立ちのお子さんは、

人としての基本を親に教えてもらえていない被害者とも言えるでしょうね。

少なくとも現状では。

 

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言葉が通じない幼児ではあるまいし、

いえ、

注意もしないで微笑み付きの「温かい」目で

見守っていたその母親からすれば、

いくつになってもわが子は

「言葉の通じない幼児の頃のまま」の考えででもいるのでしょう。

 

ただの猫かわいがりでは、

子供の人格を認めていないことに通じてしまいますよ。

 

子供を産んだその母親本人だって、

実年齢がいくつかなんてどうでもいいですが

自分が親から生まれて即、今の姿になったわけではないでしょうにね。

 

そのあたりの現実を、しっかり子供にも当てはめて欲しいものですね。


子離れできない親の特徴と言ってもいいと思うのですが、

親の都合の良いところでは

子供は生まれた時のままだと思っていて、

かつ(いつまでも)そのままでいてもらいたい

だなんて思っているとしたら、

それは立派な虐待と思うのです。